子どもを生むのは罪であり絶対悪【反出生主義】

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僕・ますたータクの考え方・価値観が色濃く出た、自己満足で書いた記事です。偏見が多いかもです。読んでいて不快になったり、「意味不明だ」とか思っても知りませんのでご注意
もし読むなら、文章ぐだぐだだったりで読みにくいですが気にすんな

こんな会話をしたことがあります。

「子ども欲しいよねぇ〜!」

「ねぇ〜!」

「ねえねぇ、子ども欲しいと思う?」

「絶対に作らない」

「え?なんで?」

「子どもを作りたくない理由は、子どもが好きだからかな。」

「え?どゆこと?」

 

・・・・・・、

 

一言で言うと、僕は子どもは作らないべしと考えています。むしろ、子どもを生むのは罪、絶対悪だと考えています。「反出生主義(子どもを生むことに否定的な立場)」です。

子どもが欲しいと思う全ての人に聞きたい

子どもが欲しいと思う全ての人に聞きたいですね。「何故、子どもが欲しいのですか?」と。実際に聞いたことがありますが、こんな返事でした。

  • 「だって、子ども欲しいじゃん。」
  • 「子育てしたい。」
  • 「特に理由なんてない。」
  • 「自分が叶えられなかった夢を叶えて欲しい」
  • 「老後のため。」

 

はっきり言って、どれもこれも腹立つ回答です。生まれてくる子どものことを、一切考えてないじゃないか!と。どれもこれも、子どものことなど考えず、親が欲望のままに「子どもが欲しい」と考える。

 

「何故、子どもが欲しいのですか?」に対する回答に僕の考えを付け足すと、以下の通り。

  • 「だって、子ども欲しいじゃん。」←親の欲望のままに、無責任に生む
  • 「子育てしたい。」←親の欲望のままに、無責任に生む
  • 「特に理由なんてない。」←出産がどれだけ大きなことか考えず、無責任に生む
  • 「自分が叶えられなかった夢を叶えて欲しい」←子どもを親の夢を叶える道具扱い
  • 「老後のため。」←子どもを老後のために道具として利用

 

書いてみて、改めて思う。酷い。

 

より詳しく書いていきます↓

子どもは生まれるとき、一切決定権がない

子どもを生むとき、子ども側には一切決定権はありません。親のせいで、許可もなく勝手に、強制的にこの世界に産み落とされるのです。出産によって最も影響を受ける者(子ども)の意思は完全無視。頼んでもいないのに子どもを作る。その後、子どもが「生まれてきたくなかったのに」と思っても関係ナシ・・・。

本人の意志を完全に無視した状態で子どもを生む、ということがどれだけ大きなことなのかしっかり考えていただきたい。

子どもは選べない。親も、生まれてくる場所も。

子どもは生まれてくる場所も親も選ぶことはできません。平気で虐待するような親の元に生まれてくるかもしれない。生まれた直後に殺されてしまうかもしれない。どんな親の元に生まれてくるかなんて、一切わからない。

 

例え話をします。仮に、あなたの死後の世界で・・・。何者かに「どんな場所に生まれるかはわからない。もしかしたら、裕福な家庭に生まれるかもしれない。平気で虐待されるような家庭に生まれるかもしれない。生まれた直後殺されるかもわからない。どんな時代に生まれてくるかはわからない。戦争中の時代かもしれない。パンデミックの真っ最中かもしれない。それでも生まれたいですか?」なんてことを言われたら。生まれたいですか?僕は絶対に生まれたくなんかありません。

この世界は苦しい

差別に戦争、犯罪に対する恐怖、自然災害の恐怖、貧困、いじめや病気に、死への恐怖に・・・・・・(書ききれない)。とにかくこの世界は、苦しく、大変なものです。間違いなく。

そんな世界に子どもを生む罪は非常に大きい。残酷。絶対悪。

子どものことを思っているなら出産などしない

よくいますよね。「自分は、あなた(子ども)のためを思って・・・」とか言う、謎人間。

子どものことを本当に思っているなら、子どもを生まないべしであるという考え方になるでしょう。こんな苦しい不安定な世界に子どもを作るわけですよ。それでいて、子どもの許可も得ずに作っておいて、子どものため云々言っているような人間は嘘つき。

子どもを作るような人間は、子どものことなんか本当はどうでもいいのでしょうね。子どもを作って満足したいだけの極悪人。

子どもを作った、その時点で一種の罪です。子どもを一方的に生んでそして一方的に価値観を押し付(以下省略)

「親に感謝」←は?何言ってんの。

「親に感謝」とか「親孝行」とか、わけがわからない。何言ってんだ。頼んでもいないのに子どもを生んだ相手に、感謝?

どもを生むような酷い残酷な人間に感謝やら親孝行やら・・・。控えめに言って、

意味不明!

「親に感謝」も「親孝行」もおかしいでしょ。親は「勝手に生んでごめんなさい」と考えて子どもには何も求めず生きるべし。

「誰のおかげで生きてこれたんだ」

こんなことを言う人もいます。

  • 「誰のおかげで生きてこれたんだ」
  • 「親がいなければ、今まで・・・」
  • 「住まわせてやってる」

いやいや。子どもを生んだ以上、その子どものために徹底的に尽くして当たり前ですから。それが義務でしょ。

  • 「誰のおかげで生きてこれたんだ」→誰のせいで生まれたんだ
  • 「親がいなければ、今まで・・・」→生まれなければ、今まで・・・
  • 「住まわせてやってる」→当たり前だろ

それに、「誰のおかげで生きてこれたんだ」とか「親がいなければ、今まで・・・」とかな「住まわせてやってる」んて発言するって、言葉の裏に「子ども生んだせいでお金も時間も労力も使う羽目になった、生むんじゃなかった・・・」という考えを感じます・・・。

親「自分だって、強制的に産み落とされた!」

子どもが「勝手に生みやがって」と言ったのに対するに、親が「自分だって、勝手に産み落とされたんだ!」という返事。いやいや。ならなおさら生むな。

笑顔の親、泣き叫ぶ赤ちゃん

子どもが生まれるとき、親は喜びます。笑顔です。対し、生まれてきた赤ちゃんは泣き叫ぶ。その時の赤ちゃんがどう思ってるかなんてわかりません。何も思っていないかもしれません。

ですが、僕は自分が生まれてきたとき何故泣いたか、どう思っていたかを、こう答えます。(後付で。)

「よくも勝手に生みやがって。許せない。それに、これから何十年も苦しみを味わう羽目になると思うと涙が止まらなかった。」

子どもを生むのは罪であり絶対悪である

やっぱり思う。子どもを生むのは罪であり絶対悪である、と。本当に子どものことを思うなら、生まないべしだ。僕は絶対に子どもを作ろうなどとは思わない。

人類が絶滅しても問題ない

「誰も子どもを生まなかったら、人類が絶望してしまうではないか!」なんて言われそうですが、別にいいじゃないですか。

人類が絶滅して何が問題なのかわからない。というか、最終的にはどんな種でも絶滅の運命だし。

人類が絶滅しても一切問題ない。

反出生主義

僕のような子どもを生むことに対して否定的な立場を、「反出生主義」といいます。以下が、「反出生主義」の説明のWikipediaからの引用です。

反出生主義(はんしゅっしょうしゅぎ、英: Antinatalism)とは、子供を持つ事に対して否定的な意見を持つ哲学的な立場である。

引用元:反出生主義 – Wikipedia(2020年04月21日閲覧)

正直、僕のような考え方をしている人は他にいないと思っていましたが、意外といるんだな、ということがわかりました。まあ、子どものことを思える人間、優しい人間ならたどり着く考え方でしょう。

反出生主義に関する名言

反出生主義に関する(かもしれない)名言を挙げます。

子どもを産むことは原罪的な呪いの行為であり慎むべきである。

(マハトマ・ガンジー)

我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ。

(イギリスのことわざ)

「僕は生まれたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでも大へんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じていますから」

(芥川龍之介『河童』)

ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生まれて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。

(太宰治『斜陽』)

あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、また子を欲するなかれ。況んや朋友をや。犀の角のようにただひとり歩め。

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』)

反出生主義に関する書籍

反出生主義に関する書籍を載せます。読んだことないですけど・・・。読みたい・・・。

それでも子どもを作る人へ

それでも子どもを作りたい人・作った人も多くいるでしょう。そういう人には、絶対に最低最悪な毒親にはならないでほしい。僕みたいな歪んだ人間を増やさないでほしい。

一言

以上、偏見まみれの記事でした。僕の「子どもを生むのは罪であり絶対悪」という考え方は一生変わらない。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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