学校教育とは、社畜労働者養成のための洗脳である【将来の夢がなくなる理由】

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学校教育というものについて、ずっと違和感を持っていました。いや、今も持っています。その正体が何なのか?考え、考え続けた結果、遂にわかりましたぞよ。

学校教育は洗脳である、ということです。

学校は洗脳。

この記事はあくまでも個人の考えです。思うがままに書きました。
この記事は、書いた本人以外には意味不明な恐れがあります。

学校に対する違和感

おそらく多くの人が持っているであろう、学校に対する違和感。

僕の場合は、高校で・・・・・・、

  • 個人行動を否定、例えば修学旅行などでもグループを作らせる。「一人での行動は危険だから」と語る。
  • 「これみんなでやれ!一人でもできなかったら連帯責任」などと、できなかった人を悪く思うように扇動。
  • 大きな夢を語ると「安定した職に就け」「現実を見ろ」と否定。
  • 一方的・受動的な、暗記さえすればいい、という授業。
  • 「進学と就職、どっちにするんだ!」と、その他の生き方を否定
  • 多すぎる宿題
  • 「忍耐・我慢は素晴らしい」と、謎の美徳化
  • ブラック校則、黙って従え
  • 常識だ!という謎の押しつけ
  • 「いいから従え」という空気。「ただマニュアルの通りにやれ」と。
  • 「自分の意見ではなく、目上の言う正しいやり方で」と教え込む
  • 新時代の道具(スマホなど)禁止
  • 「ボランティア」と名乗る何かへの参加を強制

これだけじゃないんですがわざわざ書いてるときりがないのでここらへんまでにしときます。大したことないのもあるかもですが。でも、どれもこれもおかしいでしょ。ずっと違和感が。

学校での「常識」の押し付け

違和感といえば、それは学校で当たり前、常識とされることだったりします。どれもこれも明らかにおかしい。のですが、学校教育は義務教育だけでも小学校6年+中学校3年の9年間、それに加えて高校3年も合わせると12年間。これだけの期間ずっと「常識!」として扱われ、押し付けられ続ければ、いつしかそのおかしな当たり前、常識にも慣れていってしまうわけです。

以下で学校で当たり前、常識とされること等を書いていきます

みんな同じようにしなければならない

おかしな常識「みんな同じようにしなければならない」について書きます。

 

例1

学校では、全員が同じ教科を「学習」する仕組みになっています。小学校なら国語とか算数とか、中学校なら国語、英語、数学、理科、社会、高校なら(以下略)・・・、というふうに、決まっています。

つまり、とある個人だけが持つ、ずば抜けた才能だとかを伸ばすことはできないわけです。そうして、みんな同じくらいに、同じくらいに・・・、という矯正をしていくわけです。最悪ですね。

 

例2

他にも、「協調性」なんて言葉が学校教育ではよく使われます。学校では「周りに合わせろ」とか「集団で同じ行動を」といった意味で使われています。「みんなだってやってるんだ。だからお前もやれ」的な。協調性、っていうより「同調圧力」って言葉のほうが正しいわけですが。

これについて、何かをする際(例えば球技するとき)に、いくら苦手でも何らかの理由で無理でも「みんなやってるんだぞ!」の一点張り。不登校になった人がいたら「みんな学校行ってるのに。」とか「協調性がない。」とか言います。学校に馴染めなかったからそうなったのに、「馴染まないといけない。」ということのようで。恐ろしい。他に、一人行動を好む人にも、グループ行動とかを強要。「協調性がない奴は人間としてだめだ。」と発言・・・。などなど・・・、

これは明らかに、同調圧力を用いた個性の否定です。みんな同じようにこの学校に馴染みなさい、と。最悪です。

 

とりあえず周りに合わせよう、と思わせる目的もあるのではと考えます。

目上は正しい。だから従わなければならない

「目上は正しい。だから従わなければならない」について書きます。

 

例1

校則・・・、というかブラック校則と呼ばれるものがあります。

僕の場合は、身近な高校にて・・・

  • 髪染め禁止
  • 髪の毛の長さ指定、妙に細かく設定されている
  • 謎の頭髪検査
  • バイクの免許の取得禁止
  • バイトは禁止
  • 化粧禁止
  • 教師の指示に従わない場合反省文
  • 帰宅時の寄り道禁止

明らかにおかしいです。

他に、インターネットを探したところ、「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトのページで多く紹介されていました。

法律でOKなことでも、校則では禁止するようです。意味不明です。教師らの、「黙って従え」という考えが目に見えてきます。

例2

「上下関係」というものを強いられます。教師が目上、生徒は目下。教師の言うことを聞かないと悪者という扱いです。いつでも(自称)目上の人間は正しい、指示に従え、そういうふうに言われます。丁寧な言葉で話せと教え込まれます。「目上の人間が言うことは従わんといけんよ~」とか教師が言ってたときとかあったな。

その際、自分の意見を持つことは否定されます。常に目上の人間が正しいので、黙って従え。そういう感じです。

 

例3

高校にいて進路を選択するとき。学校側が提示するその選択肢は、「進学か就職か」しかありません。でもそれ以外にも道はあります。フリーランスや個人事業主に、起業家、経営者など。ですがそれのことを言うと、「一部の人にしか無理!」「お前なんかにできるわけ無いだろ。」「安定した職に就くべき、この会社がおすすめ」「みんなはこうしてるんだよ?」などというふうにやっぱり否定。

個性を否定、そのうえ、個人が自ら決めたその将来を否定。このときにも、「黙って従え」という考えが見えてきます。

 

こうしてみんな思考停止に陥っていくわけです。「とりあえず従えばいい」というふうに。

忍耐・我慢はいいこと

上で多くの理不尽な「常識」を紹介しました。どんなにおかしくても、授業や校則、部活などによって「忍耐・我慢はいいこと」であると教え込みます。「我慢すれば報われる」と教えます。

それによって、おかしな常識を正当化しているのです。

思考停止

学校は、生徒に思考停止させています。教師ら側が自覚しているかしていないかはともかく。上で紹介した「みんな同じようにしなければならない」も「目上は正しい。だから従わなければならない」も「忍耐・我慢はいいこと」もこの思考停止の材料かと考えます。他の例を書きます。

 

学校の授業は座学ですよね。生徒は座る、教師は授業。教師による一方的な授業です。一方的に教え込まれるだけの授業。そして暗記しなさい、そうすれば点数取れるぞ、と教えます。そして点数を求めて、暗記、暗記、暗記・・・。わかることでしょう、思考停止状態になるんです。暗記するだけだと。

他にもある

これらだけではないと思いますが、長くなってしまうので割愛します。

これらの「常識」の押し付けは、ある目的のための洗脳であるというわけです。

学校=社畜労働者養成のための洗脳

上で、「こういった常識が押し付けられる」といった内容を書きました。それの目的は、社畜労働者の養成のための洗脳です。

ちなみに、「社畜」の意味とは・・・、

社畜
読み方:しゃちく

会社に飼いならされたサラリーマンを揶揄して言う語。自分の信念や意志を持たずに会社に従うありさまなどを形容することが多い。

引用元:社畜(しゃちく)とは何? Weblio辞書(※:2020年02月10日閲覧)

こんな感じ。

 

学校が、洗脳によってこういった社畜を養成・量産していっているわけです。

「みんな同じようにしなければならない」という常識によって、「空気を読む」人材を養成していきます。自分の意見ではなく周りの空気で判断し、行動していきます。自分の意見を言う厄介者は優秀な人材優秀な社畜としてあるまじきことです。

「目上は正しい。だから従わなければならない」という常識によって、会社等の組織の目上の立場とされる者に目下とされる者が自然と従う状態を作り上げます。優秀な社畜として、自分よりも目上の人間に意見を言ってはなりません。ただ上司の言うことに従えばいいのです。余計なことを言ってはならないのです。いくら理不尽な指示を出されようと、黙って従うことこそ美徳です。思考停止してただ言われたとおりにすればよいのです。

「忍耐・我慢はいいこと」という常識によって、いくら劣悪な労働環境であろうと忍耐・我慢させるように強います。どんなにわけのわからない理不尽で最悪なルールであろうと、校則とか部活によって慣れてる状態だしいいよね。それが当たり前なんだよ。

学校の洗脳によって思考停止状態に陥っているから、上3つ(「みんな同じようにしなければならない」・「目上は正しい。だから従わなければならない」・「忍耐・我慢はいいこと」)は何も考えずに受け入れます。

 

・・・、とまあ、こんな感じです。

改めて見ていくとやっぱり最悪です。ホント酷い。常識、当たり前、の名のもとに洗脳され、社畜となっていく。恐ろしい・・・。

 

労働者を使う人間からしたら、労働者側がうるさく意見言ってきたりとか指示に従わなかったりする人間は面倒です。だからこそ、学校では洗脳が横行しているのです。まあ、学校って、最終的にはどんな学校行こうと就職の道となります。つまり、学校とは労働者になるためのものですから、「従順な労働者(社畜)になるための洗脳」があるのです。

労働者以外の道を目指そうとしても、労働者になるための学校なので認められることはないのです・・・。

学校では、お金・税金のことは教えられることはない

学校では、お金のこと、税金のことは教えられることはありません。

例えば、国の借金は国民が銀行に預けているお金から借りている(細かいこと言うと、それ以外の場所からも借りているけど)という点、少なくとも義務教育では教えられたことがありません。学校によるかもですが、高校でも教えられることはなかった。

他に、税金についてです。税金は大事でしょう。誰もが納税します。それなのに、税金がどういう仕組みで、どういうふうに使われているのか・・・、などといったことは、少なくとも義務教育ではほとんど教えられません。教えられるとしたら、「こんな税金があるんだよ~」これくらいです。僕の行ってた高校でも同じような感じでした。税金について「大人」に聞いても、あまり知らない・よくわからないという人が多い。大丈夫か、納税者さん(心配だ)。それなのに、「税の作文」というものが存在するのはどういうことかよくわかんね。

詳しく教えられるとしても、今のような一方的な授業じゃあ良くないですよね。ただの暗記になってしまう。

他にも、稼ぎ方について教えられることもほぼ無し。教えられるとしたら、就職すればいいとかなんとか言われるだけ。例えば僕なんかは、この記事の執筆時点で高校生ですが、もしもアフィリエイト等で稼ぐことができています。こういったことは、学校では一切教えられることはありません。

将来の夢を持たぬ子供たちが多いのは何故?

小学校くらいまでは、生き生きとして将来の夢を語ったものです。無邪気に。ですが、中学校・高校となっていくにつれて、だんだんと「将来の夢」を言わない人が増えてきたように感じます。「将来の夢はない」と。

何故こんなことになってしまったのか。それはおそらくですが、将来の夢を言っても頭ごなしに否定されたりだとか、学校によって押し付けられた常識によって「この将来の夢はダメ、ちゃんと将来考えなきゃ」とか思ったり・・・。

つまり、将来の夢を持たない、というより将来の夢を潰された、といったところでしょう。もともと持っている「将来の夢」を、言えなくなっている、曲げるようになってきているのでは、と思います。

洗脳って最悪だ・・・。

一言

まとまりのない記事になってしまって申し訳ない。

 

とにかく、

洗脳って怖いですよう・・・。

 

私事。某高校の「個性を伸ばす」なんて嘘だった

私事です。嘘でした。入学時に見た、そして今も見ることがある、「個性を伸ばす」という某高校の紹介と校訓。完全に騙されました。この段落は、別に読まなくてもいいです。

教師は目上の人だから、丁寧な言葉で話せと教え込まれまれます。目上の人の言うことに従え、疑問を持つな、そう教え込まれます。それである時、教師の話に対し僕がおかしい部分に気づいて指摘したら「お前はそうやって従わないんだな、そうなんだな、従わないなら反省文」と。意味不明。

「一人の行動は危険だから、誰かと一緒に行動を!」という謎の呼びかけ。そう言う教師たちはいつも誰かと一緒に行動してるのか?違うでしょ。むしろ大人になったら一人行動多いし、一人での行動に慣れさせたほうがいいでしょ。

そして夢を言おうものなら、教師は「安定した職に就くべき!公務員おすすめ!」とか言って否定。

個人的にやってること言えば教師は「もっとやることあるだろ!わからないのか!勉強しろ!あれしろこれしろ・・・」と。

自分の意見言ったら自己中扱い。

「一人でもできなかったら連帯責任!」という言葉をしょっちゅう言う体育教師。

「髪染め禁止」「髪の長さこうしろ!」「あれ禁止これもだめ」という謎の規則。

教師「学校の評判が今、かなりいいです。ちょっと変なことがあれば評判落ちるかもしれません。みんなの行動で学校の評価が決まるので、ちゃんと先生の言うことを聞いて従うように・・・」いやいや、生徒は学校の評判上げるための道具じゃないぞ。

こんな感じにも関わらず、「お前ら生徒の為思ってやってるんだぞ」と。おいおい。何言ってんだ・・・。そしてこれでいて「個性を伸ばす」だって?大嘘じゃん。

教師全員というわけではありませんが、そんな教師が多し。

以上、私事でした。やっぱり色々おかしい。

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