【親や家族が嫌い】毒親が言う変な言葉とか、毒親が威張る理由とかを書いた

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文章内の一部の暴言を「××」に変えています
前置きが長いです。

不思議なことに、「親が嫌い」という内容を話せば変な反応をされることが多いです。「いや、なんで?普通は親は大切なものでしょ」とか「おかしいだろ」とか「ありえない」とか思う人が多いようです。「家族が嫌い」と言ったときも同様です。

思えば、小学時代からそういう教育がされてきたように記憶しています。少なくとも僕の場合は、道徳(だったと思う)とかいうやつの授業で「親がいたから生まれてこれたんだよ~。子どもが生まれてくるなんて奇跡なんだよ~。親や家族は素晴らしいんだよ~。」などと、親や家族を美化する教え方をされました。

しかし、実際は、親という存在のせいで苦しめられている人が多くいます。肉体的・精神的に虐待・家庭内暴力をしている親(=毒親)のせいで。果たして、そんな親が素晴らしいのでしょうか。

彼氏・彼女からのDV(配偶者暴力)を相談したら、誰しもが「別れるべし」「逃げるべし」「自分の身を守るべし」「助けを求めるべし」と回答します。当然のことですよね。

対し、子どもが親に暴力を振るわれていることを相談すると、警察や児童相談所に相談することをおすすめする人もいます。しかし中には、「しつけだからしょうがない」「どうせ反抗したんだろ」「子ども側の貴方に原因はないのか」などという意味不明な回答をする人もいます(どれも、質問サイトで見かけました)。そして、「親がしつけのために子どもに暴力を振るうのは必要悪」と考える人もいるようです。

おかしいですよね。「親だから」とか「しつけのため」なんて理由で暴力が認められてよいわけがありません。

そしてさんざん暴力を振るわれて、親を嫌いになるのはおかしなことなのでしょうか。そういう毒親が大切だと思えるでしょうか。

そうやって考えていくと、「親は素晴らしい」とか「家族は素晴らしい」といった価値観がおかしなものでしかないと思います。

僕の親は毒親

ちなみに、僕の親は毒親です。特に父親が。

リビングは奴の私物だらけ、邪魔。衣服類はそこら中に脱ぎ捨てる。使い終わった食器等は放置。大音量でスマホで動画を見てうるさすぎる。

いつも威圧的に話し、子どもには過干渉。子どもが嫌がっていても一方的に話しかけたりし、子どものしていることの邪魔をする。子どもには「節約しろ」「ちゃんと電気消せ」と言いながら、そいつ自身は電気を消さないなど資源の無駄遣い。

怒っているときには「怒っていない」と言い、酔っ払っているときには「酔っ払っていない」と言う。

都合の悪いことを言われたら、怒鳴る・殴る・蹴る。そしてそれらを全部酒のせいにすることも。

そういった過去にされたことを言われたら、いつも「自分がいつそんなこと言った(やった)んだ」と、悪魔の証明をさせようとする。

「親なんだから」「家族なんだから」といった言葉で、なんでもかんでも言い訳・押し付け。

「お前のために言ってる」「住まわせてやってるんだ」「この家に住んでいるんなら言うこと聞け」「出ていけ」「親になればわかる」といった言葉を平気で言う。

奴がうるさいいびきをかきながらリビングで寝ているから電気を消したら、突然起きて「何で消すんだ!」とキレながら言い出し、「寝てたじゃん」と言ったら「寝てない」と威圧的に言う。

扇風機のボタンを足で押す。他の人が同じことをしたらブチギレ。

物を増やしてばかりで片付けない点を指摘したら、「親の自分には部屋がないからそこらへんに置いているんだ。お前は部屋があるからいいが、親はどうすればいいって言うんだ」と。家をゴミ屋敷にしたいのでしょう(家中、毒親の父=gomiのものだらけです、リモコンを下に置いているくせに、誰かが踏んでしまったら何故かキレる。誰が原因だと思ってんだ)

 

まあ、子供が邪魔だと思っているのはよく分かる。クズな毒親はさっさと×ねや。奴が×んだらパーティを開くとしようw

ほんの一部しか書いていませんが、散々な目に合わされてきました。こんな奴は××××存在だと思いますね。控えめに言って、××。

毒親が言う変な言葉

毒親はたびたび変な言葉を言います。それらについて紹介します。

「産んであげたんだ。感謝しろ。」

「産んであげたんだ。感謝しろ。」という言い分を振りかざす奇妙な親がいます。意味不明です。

子どもは親の意向のせいで望んでもいないのに生み落とされる弱い存在です。そしてこの世界は苦しいことがあまりにも多い。そんな世界に生んだことを、「感謝しろ」。子どもが「生まれてきたくて生まれたわけじゃないのに」と思ったとしても、「感謝しろ」。

相手が嫌と思うことを勝手にして、「感謝しろ」というのはまるで、「あなたの貯金全部、勝手に使ってあげたんだ。感謝しろ。」とでもいっているようなものです。

まさに意味不明の極み。頭おかしい、とはこのことだ。

それに、そもそもですが、感謝は自然に発生するものです。それなのに「感謝しろ」と、感謝を押し付ける。わけがわかりません。もはや「感謝」という言葉の意味がわかってないのでは。

「育てられたことに感謝しろ。」

「育てられたことに感謝しろ。」と発言する奴もいます。ですが、やはり意味不明。

子どもを作ったのは親。だから、子育てするのは当然の義務で当たり前なことです。それなのに「感謝しろ」とは一体・・・。まるで、子育てすることがこの上なくすごいことだとでも思っているような感じです。

やって当たり前なのに。

それに、上で書いたとおりですが、感謝は自然に発生するものです。それなのに(以下同文)

 

「育てられたことに感謝しろ。」という言葉に加えて、「子育てされるのが当たり前だと思うな!○○という国では・・・」とかほざく奴もいますが、ここは日本なんですがねぇ。

「育てられたことに感謝しろ。」という言葉に加えて、「子育てされるのが当たり前だと思うな!育児放棄(ネグレクト)をする親もいるんだ!だから幸せだと思え!」とほざく人間もいます。

明らかにしちゃダメな「育児放棄」ということと自らが一応ちゃんとしている「子育て」を比べる、というやり方が卑怯ですね。人のお金を大量に奪い取ってきた詐欺師が、「殺人犯よりはマシだ!だから幸せだと思え!」と言っているようなものです。笑えない。

「住まわせてやってるんだ。感謝しろ。」

「住まわせてやってるんだ。」とか発言する××もいます。

散々怒鳴ったり殴ったり蹴ったりしようと、「子どもを住まわせてやってるし、衣食住を与えてやっているからいいだろ」という考えが透けて見えますね。

実際は子どもを生んだ以上、子どもの衣食住を提供するのは当然の義務で(以下、「育てられたことに感謝しろ。」と同文。)

また、子ども側からしたら、「怒鳴る・殴る・蹴るで構成されている恐怖でしかない親の家に住む羽目になっている」という状況です。感謝どころか、恨むところです。

 

子どもはできることが限られています。自分でお金を稼いで生活したり、ということは基本できません。そこを勘違いした、身を削れば稼ぐことができる親が、「育てられたことに感謝しろ。」とか「住まわせてやってるんだ。感謝しろ。」と言うわけです。そして、自分が偉くなったと勘違いするわけです。哀れです。

「お前のために言っている。」

この言葉については、以下の記事で書いています。

軽くまとめると、

  • 「あなたのため」とは口先だけで、実際には主観の押しつけ

という感じですね。

「出ていけ。」

本当に出て行ったら探しに来たり、無理やり家に戻そうとします。奴は、自分がした「出ていけ」という言葉に責任感はないようです。

「親になればわかる。」

散々ひどい目に合わせて、「親になればわかる」と発言。どうやら子どものことをわかろうとしない割に、自分(親側)のことはわかってほしいのですねぇ。

何故、「親になればわかる。」と断言できるのか不思議なものです。子どもが将来親になったとして、「やっぱり自分の親は酷い××な人間だったんだ」と結論付けられたらそれまでです。そもそも自分の親をわかるために親になるのではないでしょう。

逆に言って、子どもの頃があった親は子どもの意見をなぜわからないのでしょうかね。

別の目的を感じますね。子どもはまだ親になることになることはできない。それをいいことに、「親になればわかる」と言い、満足感に浸るだけ。気持ち悪い。

「親なんだから。」「家族だから。」

「親なんだから。」とか「家族だから。」と連呼する人がいます。

親なんて、ただの「子どもを作っただけの大人」にすぎません。

家族なんて、ただの「親と子供で構成される一つの集団」に過ぎません。

それなのにも関わらず、「親なんだから。」とか「家族だから。」と言い、子どもにいうことを聞かせようとするのです。「親なんだから。」も「家族だから。」も、理由になんてならないのですがね・・・。

「ああしろこうしろ」

子どもに「ああしろこうしろ」と要求してばかりいます(それも、頭おかしい内容ばかり)。それでいて奴(毒親)は子どもにいろいろ悪い点・改善点を指摘されたら異常なほどキレて威張り散らしてばかりいる。

相手には要求してばかりなのに、毒親自身は相手からの要求に一切応じないのです。意味不明。

毒親が威張る理由は、お金

上のほうで、

子どもはできることが限られています。自分でお金を稼いで生活したり、ということは基本できません。そこを勘違いした、身を削れば稼ぐことができる親が、「育てられたことに感謝しろ。」とか「住まわせてやってるんだ。感謝しろ。」と言うわけです。そして、自分が偉くなったと勘違いするわけです。哀れです。
と書いたとおり、毒親は「自分がお金で家族・子どもを支えているんだ!だから偉いんだ!と勘違いしています。

だからこそ、「親のありがたみが」といろいろと言うわけです。親のありがたみというか、お金のありがたみです。「子どものために、苦労して生活費等を稼いでやっているんだ!そのありがたみを知れや!」と毒親は思っているのです。子どもが稼げないことをいいことに。

 

子ども側が成長して、やがて自分で稼げるようになれば、最低な毒親とは決別できますね。

所詮、親も他人もただの他人。

所詮、親も他人もただの他人に過ぎません。

上でも書いたとおり、「家族だから」とかいいますが、ただの「親と子供で構成される一つの集団」であり、素晴らしいものでもなんでもないです。「親だから」とか言いますが、ただの「子どもを作っただけの大人」でしかないのです。

そういった「親」や「家族」という存在が自分にとって良い存在であればいいんですが。そうではない、自分に害を与えるだけの存在である場合は、徹底的に距離を置けばいいと思います。毒親って過干渉なことが多いので大変ですが。

いざというときは警察や児童相談所などに相談です。自分のことを守れるのは自分だけですから。

嫌いでいい

親や家族が嫌いなら、そいつらは嫌いになるレベルの人間だということです。嫌いでいいんです。

僕は自分の親が超・超・超・(中略)・大嫌いです。肯定的な感情は一切ないです。そして反出生主義者になりましたとさ。ハハハ。

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