強制する・されるボランティアは「ボランティア」とは言えない

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僕の行っていた某高校では、ボランティア活動の仕組みがありました。ボランティア1回ごとにポイントが貰え、3年間で10ポイント貯まらないと卒業できないという・・・

つまり、遠回しにボランティアが強制されてたわけです。

他にも、中高生の東京五輪の半強制ボランティアだとか・・・。

ですが、おかしいでしょ。ボランティアって、強制するもんじゃないでしょ。

ボランティアとは自発的・自主的にするもの

試しに辞書で「ボランティア」を引いてみてください。文中に「自発的」や「自主的」といった言葉が書かれているのではないでしょうか(無かったら僕を笑え)。ここからわかるとおり、本来ボランティアは自発的・自主的にするものであり、強制とかするようなものではないわけです。

つまり強制させている時点で、それはボランティアであるとは言えないわけですね。それなのに不思議なことに、強制させて「これはボランティア」なんて言ってる人もいます。本気でそう言ってるのでしょうか。よくわからん。ボランティアと言うより強制労働です。

他にもこの「ボランティア」という言葉に対しては勘違いがあるわけですが、この記事では割愛します。

自発的・自主的にしている人の中で嫌々するのは失礼

自発的・自主的にするものがボランティアなのにも関わらずボランティアを強制する。すると、やりたくない人も強制的にさせられることになります。そしてそういった人は嫌々やることになる。自発的・自主的に志願してやっている人の中で、強制されて嫌々やっている人がいる。これは自発的・自主的にしている人に失礼でしょう。

ボランティアに嫌悪感を持つことになりかねない

そうして上の人らによりボランティアを強制させると、「ボランティアをやりたくないのにやらされた、ボランティア嫌い」というふうにボランティアに嫌悪感を持つことにも繋がりかねません。本来そんなものはボランティアではないわけですが、それがボランティアであるとして教えられ、そしてボランティア嫌いを育むわけです。

きっと、ボランティアというものを自発的・自主的に(というか本来の意味で)してくれる人を育みたいのでしょうのに、強制してしまっては嫌いな人をどんどんと増やしていって本末転倒です。

いや、待てよ、まさかとは思うが、もしかして、ボランティアに嫌悪感を抱かせるのが目的なのか・・・?

一言

ますたータク
ますたータク

おかしなやり方は今すぐにでも変えていくべきだと思うにゃ

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